次の、600年へ
約600年の歴史をもつ中田の棚田
中田の棚田の歴史と再生活動のあゆみをたどる
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約600年の歴史をもつ中田の棚田
中田の棚田の歴史と
再生活動のあゆみをたどる
-HISTORY
600年の歴史をもつ棚田
中田の棚田が記録されている最古の文献は、1425年に記された「天野社一切経会段米納日記」です。この「天野社一切経会段米納日記」とは、高野山金剛峯寺が、鎮守である天野社(現 丹生都比売神社)で行われる一切経会という法要を行うための費用を、寺領の村に割り当てた記録です。この記録には、中田村には2斗1升(約31.5㎏)の米の徴収が割り当てられているとあり、1400年の初期には中田村に水田が存在していたことを示しています。また、中田村に割り当てられた2斗1升という量の米は、約14町(約140,000平方メートル:東京ドームおよそ3個分)の水田が存在しないと負担できないと考えられているため、当時広大な棚田が広がっていたと推測されています。

HISTORY
600年の歴史をもつ棚田
中田の棚田が記録されている最古の文献は、1425年に記された「天野社一切経会段米納日記」です。この「天野社一切経会段米納日記」とは、高野山金剛峯寺が、鎮守である天野社(現 丹生都比売神社)で行われる一切経会という法要を行うための費用を、寺領の村に割り当てた記録です。この記録には、中田村には2斗1升(約31.5㎏)の米の徴収が割り当てられているとあり、1400年の初期には中田村に水田が存在していたことを示しています。また、中田村に割り当てられた2斗1升という量の米は、約14町(約140,000平方メートル:東京ドームおよそ3個分)の水田が存在しないと負担できないと考えられているため、当時広大な棚田が広がっていたと推測されています。

広大な棚田を支える水路
~竜王水~
竜王水は、中田地区の棚田とその隣にある梅本地区の棚田の一部を灌漑する用水路です。この用水路は長さ約600mで、手掘りの溝とパイプ管によって構成されており、生石ヶ峰の豊富な谷水を中田地区、梅本地区へと導水しています。竜王水が記録されている最古の文献は1848年に記された「立岩大聖不動尊縁起」であり、この記録から約200年間、地域の水資源を支えてきた貴重な土木遺産であることがわかります。

広大な棚田を支える水路
~竜王水~
竜王水は、中田地区の棚田とその隣にある梅本地区の棚田の一部を灌漑する用水路です。この用水路は長さ約600mで、手掘りの溝とパイプ管によって構成されており、生石ヶ峰の豊富な谷水を中田地区、梅本地区へと導水しています。竜王水が記録されている最古の文献は1848年に記された「立岩大聖不動尊縁起」であり、この記録から約200年間、地域の水資源を支えてきた貴重な土木遺産であることがわかります。
中田の棚田の過疎化と高齢化
歴史ある「中田の棚田」ですが、他の棚田地域同様、地域の過疎化・高齢化が進み、地域の農家が1軒1軒と減っていきました。過去数十軒いた農家さんも、棚田の再生活動が始まる2020年時点で1軒になってしまいました。耕作されなくなった田んぼには草や木、竹が生え、耕作放棄地が広がっていき、当時の美しい棚田の風景が失われつつある状態でした。下の写真では過去の耕作されていた状態から放棄地が増える様子、そして、2020年から棚田再生活動で再び農地が増えていく様子を確認できます。










中田の棚田の過疎化と高齢化
歴史ある「中田の棚田」ですが、他の棚田地域同様、地域の過疎化・高齢化が進み、地域の農家が1軒1軒と減っていきました。過去数十軒いた農家さんも、棚田の再生活動が始まる2020年時点で1軒になってしまいました。耕作されなくなった田んぼには草や木、竹が生え、耕作放棄地が広がっていき、当時の美しい棚田の風景が失われつつある状態でした。下の写真では過去の耕作されていた状態から放棄地が増える様子、そして、2020年から棚田再生活動で再び農地が増えていく様子を確認できます。










Launch
棚田の再生へ
2019年、紀美野町まちづくり推進協議会内のまちづくり部会で紀美野町の”観光”について議論している際、中田の棚田についての話題が挙がりました。部会内には、耕作されていた昔の中田の棚田の情景を知っている人もおり、また、関係者の親も「そらぁ、田んぼに月が映って、えらいきれいやったでぇ。」と話すほどでした。
”中田の棚田を再生し、当時の美しい情景を、
そして、人がたくさん集う棚田にしていきたい”
そんな想いから中田の棚田再生プロジェクトが始まりました。紀美野町内の有志が集い、耕作放棄地と化した棚田を手作業で少しずつ再生していきました。

手作業での復田作業
耕作放棄地となった田んぼは、草だけでなく木や竹も生えており、田んぼまでの道や水路、畦なども崩れている場所が多くあります。棚田では大きな重機が使えないため、手作業で少しずつ田んぼへと再生しています。もちろん、田んぼの再生には、多くの作業が伴います。中田の棚田では、独自の登録制ボランティア制度である「棚田サポーターズ」の方達の力もいただきながら、田んぼの再生を行っています。
01.

草刈り
背丈より高い草、木、竹を刈ります
02.

根取り
地中に埋まっている竹や木の根を掘り出します
03.

耕耘・石取り
耕耘して土をやわらかくした後、地中に埋まっている石を取り除きます
Launch

棚田の再生へ
2019年、紀美野町まちづくり推進協議会内のまちづくり部会で紀美野町の”観光”について議論している際、中田の棚田についての話題が挙がりました。部会内には、耕作されていた昔の中田の棚田の情景を知っている人もおり、また、関係者の親も「そらぁ、田んぼに月が映って、えらいきれいやったでぇ。」と話すほどでした。
中田の棚田を再生し、当時の美しい情景を、
そして、人がたくさん集う棚田にしていきたい
そんな想いから中田の棚田再生プロジェクトが始まりました。紀美野町内の有志が集い、耕作放棄地と化した棚田を手作業で少しずつ再生していきました。
手作業での復田作業
耕作放棄地となった田んぼは、草だけでなく木や竹も生えており、田んぼまでの道や水路、畦なども崩れている場所が多くあります。棚田では大きな重機が使えないため、手作業で少しずつ田んぼへと再生しています。もちろん、田んぼの再生には、多くの作業が伴います。中田の棚田では、独自の登録制ボランティア制度である「棚田サポーターズ」の方達の力もいただきながら、田んぼの再生を行っています。
01.

草刈り
背丈より高い草、木、竹を刈ります
02.

根取り
地中に埋まっている竹や木の根を掘り出します
03.

耕耘・石取り
耕耘して土をやわらかくした後、地中に埋まっている石を取り除きます
農薬と肥料を使わない米づくり
再生した田んぼでは、農薬と肥料を使わない昔ながらの農法で米づくりをしています
一方で、農薬と肥料を使わないため、米づくりに多くの人手が必要になりますが、
この”人手が多くかかる”点は、棚田に人が集うきっかけにもなっています
誰でも安心して米づくりに参加でき、
多様な生物が生息できる棚田を目指しています
農薬と肥料を使わない米づくり
再生した田んぼでは、農薬と肥料を使わない昔ながらの農法で米づくりをしています。
一方で、農薬と肥料を使わないため、米づくりに多くの人手が必要になりますが、
この”人手が多くかかる”点は、棚田に人が集うきっかけにもなっています。
誰でも安心して米づくりに参加でき、多様な生物が生息できる棚田を目指しています
棚田を未来へ
中田の棚田を米づくりだけで未来へつないでいくことはできません。米づくり以外の色々な視点から中田の棚田ならではの体験や役割を探しながら、活動を行っています。

イベント企画・運営
田植えや稲刈りなどの農業体験や稲わらWS、棚田の多様な生き物を観察する生物観察会などを行っています。

教育機関との連携
体験受け入れ
地域の小学校や高校などの農業体験や米づくりに関する授業、教育旅行の受け入れなどを行っています。

伝統文化の継承
小川地域の伝統芸能である梅中傘踊りを地域団体とともに継承していくことに取り組んでいます。
棚田を未来へ
中田の棚田を米づくりだけで未来へつないでいくことはできません。米づくり以外の色々な視点から中田の棚田ならではの体験や役割を探しながら、活動を行っています。

イベント
企画・運営
田植えや稲刈りなどの農業体験や稲わらWS、棚田の多様な生き物を観察する生物観察会などを行っています。

教育機関との連携
体験受け入れ
地域の小学校や高校などの農業体験や米づくりに関する授業、教育旅行の受け入れなどを行っています。

伝統文化の継承
小川地域の伝統芸能である梅中傘踊りを地域団体とともに継承していくことに取り組んでいます。
棚田の活動に参加しよう
中田の棚田の魅力は、文章や写真だけでは伝えきれません。
ぜひ中田の棚田に足を運んでいただき、棚田の魅力を知っていただければと思います。
棚田の活動に参加しよう
中田の棚田の魅力は、
文章や写真だけでは伝えきれません。
ぜひ中田の棚田に足を運んでいただき、
棚田の魅力を知っていただければと思います。